天理教ってやばい宗教なの?怪しい?信者じゃない2世が正直に答える

天理教ってどんな宗教?

「天理教 やばい」「天理教 怪しい」——検索したら、この記事にたどり着いた方も多いんじゃないでしょうか。

友達とか恋人とかが天理教だと知って、どんな宗教なのか気になって、ドキドキ‥って『天理教』って調べたら次に『やばい』って出てきて白目むきそうになってる人もいるのでは!?

気持ち、めちゃくちゃ分かります。仏教以外の宗教って聞いたらまず「なんか怖い」「お金とられそう」ってなりますよね。そりゃもう「あれれー?おかしいなー?」って怪しんじゃうメガネと蝶ネクタイの少年になるでしょう。

私は祖父母が天理教の教会をやっている家に生まれた、いわゆる「2世(孫)」です。ただし自分自身は信者ではございやせん。そんな”中も外も知ってる微妙な立場”の私が、忖度なしで正直にお答えしましょう!

※はじめにお断りを。これはあくまで私個人の体験と感想でして、天理教の公式見解ではありません。天理教の中でも色んな人がいるでしょうから、これはあくまで「私のケース」として読んでくださいなっ。

そもそも「やばい宗教」のイメージって?

みんなが宗教に対して「やばい」と感じるポイントって、だいたいこの4つじゃないでしょうか。

よくある不安2世の答え
①しつこく勧誘される?されなかった。むしろ私が心配になるレベル
②お金を大量に取られる?私は一切出したことなし。その理由は…
③あやしい儀式で洗脳される?中身はNHK教養番組レベル
④危険なカルトかも?定義に当てはめてみたら…

この4つについて、私の体感を正直に書いていきます。

①勧誘はしつこい?

結論から言うと、私は親戚・家族から入信を強制されたことが一度もありません

孫である私ですら信者じゃないことを責められないくらいの温度感です。
大丈夫?ちょっとくらい強制してもええで?って私の方が心配になります。
私が興味ないって皆分かってるので、宗教活動?に誘われることもほぼなく、おかげさまで皆様と同じように普通に生活してます。たまに「旅費は出すからおぢばがえり(天理市にお参りに)行かない?」と祖母に言われますが、やんわり断れば無理強いはされません。

「2世なのに信者じゃない!?」と疑問に思うかもしれませんが、祖父母も両親も、信者じゃない私を一度も責めませんでした。むしろ今でも変わらずアラサーの私を可愛がってくれています。(えへへ)

幼い頃に一度、信者である叔母に『なぜ信者なのか、なぜ私に強制しないのか』と聞いたことがあります。すると叔母は「まだ信仰心なんてなくて当たり前よ。私(叔母)は大人になって何かにすがりたいくらい辛いことがあった時、天理の教えが支えてくれたの。そうやって信じようってなるんじゃないかな。」って教えてくれました。

幼き私はアホな子だったので、当時「へー?」と呑気にスイカかじって種飲み込んで「お腹で芽が生える~!」って青ざめてましたが、

今考えるとこれ、100点満点の回答じゃないですか?やだもう〜我が叔母ながらあっぱれ!

強制したってなにも意味ない。信仰が必要な時は時が来たらするってことなんでしょう(たぶん)
だって子どもに宿題やりなさいって言って、やる気出す子どもいないじゃないですか。「分かった!」ってやる子は人生2回目ですよ。小さくても頭脳は大人系子どもなんでしょうよ。

こんなゆるっとした感じですが、布教活動はするときゃするそうで。

これは私が生まれるずっと前の話ですが、祖母が祖父の家に嫁いだ時、当時2人しか信者さんがいなかったそうです。

これじゃ教会の役割を果たせていないってんで、信者さんを増やすため、祖父母は自転車で町中を漕ぎ回った。きっと長い長い下り坂をゆっくりゆっくりくだりながらね。新婚ですから、それはそれはもう青春っぽい雰囲気漂わせて夏色してたんでしょう✨

それで道ゆく人に「布教しとるもんですが、天理教のお話いいですか?」と話しかけてたそうです。ギャップありすぎて道ゆく人ビックリしたでしょうね。

大抵の人は断るらしいのですが、それでも10人に声かけたら1人は話を聞いてくれて、天理教の教えやら成り立ちやらをお話しして、それで共感した信者さんが増えていったらしいです。

それも、「決して無理強いはしてはいけない。(信仰する宗教が)必要な人は話を聞いてくれるもんだからね」って祖母が言っとりました。

中には、◯◯教(別の宗教)を信仰してる俺を信仰させてみろって言ってきた高田延彦かってくらい挑発的な人がいたそうで。祖父が「その勝負のった!」って言ったかは知りませんが。相手もハイキックやら十字固めやら技を繰り出して抵抗したんだろうね(?)、数時間の試合の末…見事天理教徒になってくれたそうな(でてこいや〜)

教会をやってる以上、布教活動は必要なので話しかけられることもあるかもしれません。だがしかし!決して無理強いはされないと思います!‥ティッシュ配りのお兄さんよりは体感アッサリ目なはず。

でもまぁ、天理教の黒い法被を着てる人に話しかけられたら、普通に怖いよね。黒ずくめのやつらに背後取られたら、バットで殴られ毒薬飲まされ、目が覚めたら子どもに!?って想像しちゃうよね。私も昔、天理教の黒い法被を着た知らない人が一人、駅前でおつとめ(お祈り)してたの見て恐怖しましたもん。天理教過激派や…!ってドン引きでしたもん。そんな怪しさに怪しさを重ねた天理教の人も中にはいらっしゃいますが、

でもほら、人は見かけによらないっていうじゃないですか?見かけは怪しいけど、ちゃんと断ってくれれば大丈夫です。そんな来るもの拒まず去るもの追わずな感じの宗教です。

②お金(献金)はやばい?

信者さんが教会や天理市の教会本部に出向く際に、お金や物をお供えする習慣はあります!これは正直に書きます。

ただ、私の祖父母の教会ではお供えを強制されるようなことはありませんでしたし、他の信者さんたちに強制することもありません。それでも信者さんの中にはお金や農作物(田舎なので畑持ってる人が多い)とかを教会にお供えしてくれてる方もいます。日本人には「神社に行ったらお賽銭しないと神様に申し訳ない」みたいな感覚あるじゃないですか、そんな感じなんだと思います。

額についても神社のお賽銭と同じで、こういうもんは気持ちが大事なんですって。出さなくてもいいのに千円二千円出してくれるってことがありがたいことなんですから。そもそも天理教には、お供えの金額が高いほうがいいみたいな教えはありません。

そんなもんで、私は仏教のお坊さんへのお布施が数万~何十万もするって初めて知った時、かなりカルチャーショックでした。

な、、うそだろ!あぁ、だからあの坊さんベンツに乗って登場したのか、、ってね。そりゃもうピキーンってね。コナンくんかって頭の切れ方した瞬間でした。一休さんって意外と裕福だったんだね‥。

ちなみに、だいたい田舎の神社の神主さん(有名なとこは別)はお賽銭や初穂料だけでは生活していけないので、家業とは別に仕事してるんですって。地元の神社の神主さんが言ってました…。うちみたいな小さな天理教会を運営している人も似たようなもんです。

天理教へのお供えの使い道としては、教会では月に一度信者さんたちが集まって大規模なおつとめ(礼拝)が行われ、そこでは神殿に野菜や果物のお供物を用意し、信者さんたちにお昼ご飯も振舞うのでそういう運営費用に使われたり、教会本部にお供えされたりしています。

うちは田舎の小さな教会なのですが、規模が大きい教会だと、信者さんが大人数になりますので、それだけ集まる金額も多くなります。そういうところは教会の修繕にお金を使えますので立派な施設にすることができ、外からみて「信者からお金をまきあげてるんだろう」みたいな風に見えるのかもしれません。

③あやしい儀式・洗脳は?

「おつとめ」というお祈り(手踊り+歌)や、黒い法被を纏う習慣、巨大な天理市の建造物などなど、独特の文化はたしかにあります。ちょっとどころではない怪しさです。

でも中身を見ると、「人を助けよう。相手も自分も助かってwinwin!」「家族であっても甘えすぎはだめよ!相手を尊重する心を大事にしよう。」「恨みや欲しい等の私欲にばかりとらわれてはいけない。人を思いやってみて!」みたいな、こどもチャレンジの教養動画かなってレベルの教えばかりなんです。しまじろう的ないい子が育ちそうな感じ。

リアリストで天理教の神自体は信じてない私ですが、こういう教えは、洗脳というか教育?的な認識で好意的に感じています。

思春期頃「アタシ、別に信者じゃないからっ」ととんがりコーンよりそれはそれは尖ってたんですが、父から「信者じゃなくても、天理の教えはしっかり引き継いでると思うぞ。人を敬い、人を思いやることをおまえはできてる。」って真顔で言われ、

な‥!ちょっ‥まっ‥アタシ今絶賛トンガってるとこなんですけどっ!?ってガチ照れした過去があります。

あれ?これ洗脳なんだろうか‥?
教育と洗脳の違いって難しいなぁ。。。

④危険なカルトなの?

そもそもカルトってなんぞや?と思いGoogleさんを頼ってみると、どうやら

宗教カルト
信じる対象神様などの超越的な存在カリスマ指導者
成り立ち歴史・文化的な基盤がある反社会的な集団
信仰自由絶対的な服従を強要
やり口隔離・洗脳→金銭や労働力を搾取

だそうです。ふむふむ、なるほどね。

私は悟りました。「さすがにこの2択なら、天理教は宗教側やな…」って。

条件に当てはめてみるとこう↓

崇拝するもの神と教祖
歴史1838年に教祖によって開かれた日本発祥の宗教(教祖が神から啓示を受けたとされたんだとか)
信仰自由。去る者追わず、来るもの拒まずスタイル

天理教の本部がある奈良県天理市は、日本で唯一「宗教名がそのまま市の名前になった街」です。

天理市にしちゃおう!ってまさかの行政側から名前が提案されたほど、なぞに地域に信頼されてきた歴史があるんだとか。(詳しくは「天理市って天理教が由来なの?日本で唯一の宗教都市の誕生秘話」を読んでみてくださいな☆)

さらに、天理教が運営する「天理よろず相談所病院」はネーミングは宗教を感じて「大丈夫か?」って思うかもしれませんが、地域の人にも広く利用されるちゃんと立派な医療を提供する総合病院です。

全国的にも柔道や駅伝等で有名な、天理大学・天理高校などの教育機関もあります。天理大学と天理高校は天理教系の私立学校ですが、天理教と関係ない一般の生徒も入学できます。

私の従姉妹は天理大学を卒業しましたが、『天理教はじめましての友達が、カルチャーショック受けてた』って言っていました。私からしたらでしょうね(笑)って感じです。

牧野つくしはセレブ文化にカルチャーショックっていうね、華やかドラマチック展開だったけど、

こっちは「入学したら、毎日太鼓でドンドコ&謎の呪文を唱える&謎の黒い法被着用をやらされちゃった!?✨」ってね。ある意味、主人公感あるかもだけど、出会いはF4じゃなくてK3(親様・親神様・御霊様)だからね。

そんなこんなでバッキバキに天理教の文化(?)に触れることにはなりますが、それは仏教系やキリスト教系の学校でもやってることですから、=カルトにはならないし、危険ではなさそうだなと。

「街ぐるみで普通に共存している」——これが、いわゆる”危険なカルト”のイメージとは違うところかなと、今回カルトとの違いを探っていく中で思いました。

だって天理市って、天理教じゃない人も普通に生活してる街ですからね。

その人たちが抵抗しないってことは、受け入れられてるからなんだろうなと。すごいよね、黒い法被の怪しい黒ずくめ集団が街中うろついてるのに信用されてるなんて。さすが宗教都市です。

結論:やばくはない。でも…

信者じゃない私の正直な結論は、

カルトではないし、「少なくとも、怖がるような“やばい宗教”ではない」です。

ただし、宗教である以上、宗教自体を嫌う人はいるだろうし、人によって「合う・合わない」は当然あるだろうなぁとは思います。

すべての家庭が私のようだとも限らないし、中には私が思春期の時に遭遇した天理教過激派さんもいるでしょうからね。(←思春期の記事で紹介しています。)

でもそれは、天理教に限らず仏教でもキリスト教でも同じこと!基本的にはこんな感じの宗教って思ってもらっていいと思います。

さいごに

信者じゃない私が、天理教を嫌いにならないのは、天理教の基本的な教えは良いものだと思っているから。それと、天理教信者である私の親族が、私に強制せず、変わらず接してくれていることが理由だと思います。

そして、最終的には直接天理教の人に関わってみるのが1番だと思います。
宗教って聞くと警戒しちゃうってのはごもっともだと思います。ですが、天理教の人に関わってから天理教のことを悪くいう人って私は知らないんです。

私の母は仏教徒で、父と付き合う時に「実は‥」って父が天理教であることを知ったらしいです。不安になってその日のうちに母の父に彼氏の実家が天理教会であることを伝えてみると、母の父からは

「俺の友人に天理教のやつがいるが、天理教は害ないから、気にせず結婚してもいいぞ」と言われたらしいです笑

その人を知ってるって大事なんだと思う事例でした。もし、天理教についてなにも情報がなければ『知らない宗教』に対して一度は警戒したはずだからです。

この記事が、「天理教ってやばいの?」とモヤモヤしていた誰かの、ちょっとした安心材料になれば嬉しいです😊

もっと具体的な”2世のリアル”が気になる方は、天理教2世あるあるの記事もどうぞ!

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